日本シリーズ第3戦(10月22日・西武ドーム・31599人)
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ホームで2連勝と、ベイスターズにとって最高の展開で乗り込んだ「西武ドーム球場」。 しかし、前日(21日)は雨だったにもかかわらず、一応電車で池袋駅まで行ったものの、試合は中止となってしまったので (21日は結局、池袋の映画館で「プライベートライアン」を見て群馬まで帰った) 、ぼくの この試合にかける意気込みは 一層強いものとなっていました。 この日は、車で西武ドームまで行きました。試合開始直前に到着し、臨時の駐車場(球場から5分くらいのところ、民家の敷地っぽい)にとめたら¥2500もとられて、ボラれた感じだった。ちなみに駐車料金は、第4戦は\2000(ちょっと遠い駐車場だった)、第5戦は土曜日だったためか なんと\3000(\100だけまけてくれたので、\2900)だった! にもかかわらず、「リフティング投法」の番長・三浦のフォアボール連発(2回1/3で6四球)と 内野守備の乱れにより、ベイスターズは初の敗北を喫してしまいました。ただ、この日応援していて感じたのは、三浦のコントロールの悪さよりも、西武打線の「粘り強さ」。カウント2-1、2-2から、とにかくよくファールで粘り、簡単には三振しない。三浦の球威が無かったといってしまえばそれまでだけど、王者・西武の意地を見た気がしました。 それよりもぼくがムカついたのは、横浜での2戦で7盗塁もしたのに、西武のキャッチャーが伊東から中島に代わったとたん、横浜の各選手が全く盗塁を敢行しなくなってしまった事。潮崎より牽制のうまいピッチャーからも、リーグ戦中 たくさん盗塁してきた石井琢朗には、イッてほしかった…。 |
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日本シリーズ第4戦(10月23日・西武ドーム・31685人)
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2勝1敗でむかえた、一般論では シリーズ最大のポイントといわれる「第4戦」。ベイスターズは、第1戦で一世一代のピッチングをみせた野村と、意外性の男・谷繁の、かつて若武者バッテリーといわれた黄金バッテリー。ライオンズは、隠れエース・石井貴と、ラッキーボーイ・中島のバッテリー。果たして、投手戦となった。 この日のポジションは、内野指定席の中で最も安い1枚¥3000の「C席」だったので、内野席といっても レフトのポールよりも外野よりの座席(つまり、内野席じゃなくて外野席)だった。 2回裏、西武の8番打者・中島の打った打球は、キレイな放物線を描いて、ぼくのいた座席のわずか5メートルほど前の地点に突き刺さった。先制2ラン。ホームランボールを拾ったベイファンは、当然の如くボールをグラウンドに投げ返した。 4回表に、首位打者・鈴木のツーランで一時は追いついたものの、6回裏にマルティネスが ドームの場外に消える特大ツーランホームランを放ち、ベイスターズは敗戦。 この日は、父親といっしょに応援に行ったのだが、ぼくが初めて野球を観に行ったのも、この「西武ドーム」の前身、「西武ライオンズ球場」。しかも、父親とである。確か、西武VS巨人のオープン戦で、ライオンズ渡辺久信が登場すると、黄色い声援を一身に浴びていた。巨人は、ホームランを打った(当時巨人の)駒田以外は 皆沈黙。ワンサイドで、西武が勝った試合であったと思う。 その駒田が、この日本シリーズ4試合を戦った時点で、15打数2安打。短期決戦では、選手の好不調をすばやく見極めねばならない。「駒田の打順を、5番から7番(or 8番)に降格すべきだ!」と思ったベイスターズファンは、ぼくも含めて、かなりの割合でいたのではないだろうか。 |
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